フォークダンスを終えて、傷心の内に退場門からクラスの待機場所に向かう幸子に、小学校からの1級先輩の青山が囃し立てるように声を掛けた。
男子と手を繋がなければならないフォークダンスは嫌だけど、もしかしたら吉田君と向かい合って手を繋ぐことになるかも知れない。片想いの吉田君のこと、私に興味を持ってくれるとは期待しないけど、彼の手ならばちっとも嫌じゃ無い。
だけど、吉田君は私を見ようともせず、他の男子は恥ずかしそうにしていても、手を繋いでくれたのに、吉田君は両手を下げたまま、どこか遠くを見ていた。
幸子は、そっと隊列を離れた。
一人、校舎の裏に向かい、遠くから聞こえる賑やかな放送音楽を耳にしながら泣いた。
「良いのだ、良いのだ、こうやって人は大人になって行くのだ。」
幸子は自分を慰め、残されるクラス対抗リレーに意識を戻した。
この春に、大好きだった母親を、長い闘病生活の末に亡くし、今は父一人娘一人の寂しい家庭。その父も、日曜日だと言うのに、仕事が忙しいと、早朝から仕事に出かけた。
幸子は楽しい筈の運動会の昼食を、友人達が家族や友人同士で、母親手作りの豪華な弁当を美味しそうに食べている姿を横目にアパートの一室に戻り、寂しく一人の昼食を食べた。
そして、昼食後すぐに行われたフォークダンスで俺が彼女に取った態度。
36年後に再会して、彼女からのメールに認められたその内容に俺は愕然とした。
彼女は続ける。
当時は、「吉田君は堀田」を好きだって女の子の間では噂になってたから、だけども私はそれでも良かった。自分が吉田君を好きだから、吉田君が堀田を好きでも、堀田は良い娘だったし・・・。だけど、フォークダンスでの吉田君の態度は本当にショックだった。
残念ながら、俺にこの時の記憶は全く無い。
堀田なんて女の子に好意を持ったこともないし、名前を聞けば顔くらいは浮かぶが、それだけだ。
ひとつだけ思い当たることが有る。
俺達の野球部の練習は、ユニフォームを着ない。体操服でやる。
貧しかった俺の家庭は、着替えの体操服を持つほどの余裕は無かった。
日曜日が来るまで、毎日同じものを着て、我ながら「少し臭うな」と思いながら、同じ体操服を着続けていた。
その臭う体操服姿で、大好きな前田に近付くことに抵抗が有ったという記憶が若干ながら有る。
俺が女性に対してコンプレックスを抱き、決して好意があるような態度を取れない根本は、やはり家庭の貧しさに有った。
仮に仲が良くなったとしても、俺の家に遊びに来た女の子は、あまりの貧しさにゲンナリとなるだろうし、実際に俺の家に遊びに来る男の友人達の多くが、あからさまな軽蔑と驚きの色を顔に浮かべたものだ。
学業の成績が良くてスポーツも出来て、クラスではリーダー的存在であり、校内では明るく活発で誰からも羨まれる俺が、住んでいる家を、その佇まいを見せた途端に明らかな狼狽の色を浮かべる彼らの顔色に傷ついた。
家庭の貧しさは必要以上に俺の心を苛んでいた。
両親ともに頭も良く、真面目に働いてくれている。3人の子供を育てて人並みの生活は出来る筈だったのだろうが、残念ながら父の酒好きはそれを上回った。若いときの放蕩が原因で親からも勘当され、運にも見放されていたのだろう。だけど、誰の責任でもない、その人に与えられた運命なんだと思う。
俺が勝手に作り上げた前田の虚像。
山の手に住み、恐らくエリートであろう父と優しい母親、多分弟1人。
当時から金持ちは子供が少ないと相場は決まっている。きっとそんな家庭だ。家ではピアノを習い、自分の部屋で静かに読書に親しむ。
俺は5人兄弟だが、一番上と一番下、長男と俺がどうしても欲しかった弟だが、二人は早くに病死していた。それでも、5人兄弟は貧乏人の子沢山の範疇だろう。
そんな貧乏人の俺が、お嬢様の前田に好意を持っていると気付かれることが、どれほど恥ずかしいことか。
俺のこの気持ちは前田にも、他の誰にも、決して気付かれてはならない。固く心に決めていたし、それでも前田には優しくしたかった。だから、口では「前田!」と呼び捨てにし、だけども彼女が何事にも困らないよう、常に心を向けて陰からフォローしてた。そのつもりだった。
だけども、自分の知らないところで彼女を傷つけてたなんて。
クラス対抗リレー。
彼女は素敵だった。
足が遅い俺は、彼女の颯爽と駆けて行く姿に釘付けになり、何も知らない俺は、益々彼女を好きになって行った。
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そちらの吉田君にお会いしたいのですが、URLから行けませんでした。宜しければもう一度、URLを貼って戴けませんでしょうか。
初恋はこの後しばらくグダグダしますが、きっと驚くような急展開を報告致しますので、ご期待下さい。