「幸子、結婚したよ」「子供が生まれたよ」「最近太ってるよ」と断片的に聞かされました。
その若松さんも20代後半には転勤続きで連絡が途絶え、それ以降、彼女の情報が僕の耳に届くことは完全に無くなりました。
ただし、どうやら彼女も僕と同じ市に住んでるらしいことだけは聞かされてたので、いつかは会えると信じてました。
会ってどうする?
何度も頭に響く重い言葉です。
年に2〜3回は彼女の夢を見ました。
目が覚める度に、たまらない気持ちになりました。
それでも30代で見る夢は、彼女の顔が浮かび、夢の中でも会えた喜びは感じてました。
ところが40代になると、同じように年に2〜3回の割合で彼女の夢を見るのですが、夢の中で(多分これも夢なんだろうな?)と半分諦めに似たそんな気持ちを感じましたし、彼女の顔もぼんやりとして確認すら出来ないようになりました。
それでも何度かは、夢の中で、夢じゃないんだと確認して「やっと会えた。やっとお前に会えた。だけど顔が良く見えない。もっと顔を良く見せて。お前本当に前田だよな。」とそんな夢も何度も見ました。
そして目覚めて、泣きました。
トイレに走り、家族に聞かれないように、だけど声を上げて泣きました。
彼女の母親は彼女が中1の時に病死してあり、前田自体もか弱そうなかんじだったので、「これだけ長い時間前田に会えないということは、前田も若くして亡くなってるのかも知れないな」と本当に考えてました。
それでも、町を歩くときは彼女を見逃さないよう、ずっと同じ年代の女性を探してました。
20歳くらいから約30年続けてきたことです。
光陰矢のごとし。月日はあっと言う間に過ぎ去り、気がつけば49歳になっていました。
僕の人生は何だったんだろう?
僕がこの世に生を受けた意味は何だったんだろう?
冴えない人生であったことは確かですが、仕事も人並みには出来ましたし、家庭は幸せそのものでした。
子供は病気も非行も経験せず、すくすくと育ってくれました。
何の不自由があるんだと、人は言うかも知れません。僕自身も感じることです。
だけど、駄目なんです。
前田のことに決着が付かない限り、僕はこのまま死ぬにしねません。
・前田は既にこの世に居ない。
・前田は僕のことは全然眼中に無い。
前者の場合はもう、諦めるしか有りません。
だけど、後者の場合は、それでも僕は伝えたい。「前田だけが、僕の生涯で唯一心から愛した女性です」と。
その上で、笑われてもそれはそれで良いんです。そのケジメさえ付けば、僕は残り少ない余生を、淡々と過ごすことが出来るでしょう。
人間には、自分の力ではどうしようもないことがある。前田とは縁が無い運命だったんだと、そう思い始める自分が許せないと思うほど、未だに前田への恋心を抱き続けていました。
そしてようやく彼女を見つけました
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あっちの掲示板の【はな】です。
「自分の人生って一体なんだったんだろう」
リッツさんと彼女さんの
末永い幸せをお祈りいたします!
コメントありがとうございます 感激です
彼女は はなさんの今の年齢の数十年後
中学生の心のまま 僕に飛び込んでくれました
はなさんにも 愛に包まれた人生が訪れますように・・・
って、私はたぶんリッツさん達の
2こ下ぐらいですよ。(笑)
先日はトラバをどうもありがとうございました。
>何の不自由があるんだと、人は言うかも知れません。僕自身も感じることです。
はい。同じようなことを私も何回も思いました。
でも最高にぴったり合う人に出逢ってしまった今
これはもう諦められない!私の人生経験の半分になると信じています。
本当に皆さんの一人一人の人生、いろいろで、一言では言えない価値あるものですね。
年を重ねて、ゆっくりとわかって来ます。。。^^
真理さんの記録 読ませて戴いています
真実の愛 良い響きです
知らなかった・・・(^^)/